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成功マインドノート
   
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レポート「成功マインド〜その整理整頓」

2008年10月31日

庚申塔

201016image 041.jpg



これは、蘆花公園近くの庚申塔。

新築住宅の敷地角にあります。


世田谷区教育委員会の立て札によりますと

江戸時代の文化9年(1810年代)に


道標として作られたもの。

日常の生活もそうですが、伊勢神宮への

参詣旅行に行く時の道標にも

なったそうです。


塔の下部には、三猿像(見猿・聞か猿・言わ猿)が

彫りこまれています。



当時のお伊勢さん詣では、庶民には一生に一度

出かける一大イベントだったようです。


お金もかかるし、病気やリスクも多い。

命がけの旅行でした。

ご近所さんや友人は、お金を渡すことも

多かった。


自分の身代わりの参詣という意味と

資金援助、お土産目当てらしいです。


「旅行」の意味合いが、現代とは大違いですね。


基本的に、移住とか大旅行が規制されていて

お伊勢参りは許可が下りやすい事情も

あったようです。





posted by doragon at 13:38| Comment(0) | 千歳烏山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月29日

当時のインテリア

201016image 024.jpg



「梅花書屋」と書いていた

かと思います。


当時の鹿児島か熊本の書家が

書いたもの。


梅花書院に掲げています。


こういう書は、やはり和室に合います。



インテリア(?)というか、和室の

雰囲気をピシッとしたものに

していますね。



201016image 027.jpg



廊下に置いている小物ラック。

これは、現代の家具と意匠はほとんど

かわりません。



ただ、当時の千歳村で普及していたか

というと、疑問です。


蘆花さんご夫婦は、中国・台湾・朝鮮半島

ばかりか、あのトルストイ(ロシアの作家)を

訪問するために、ヨーロッパ方面まで



旅行しているからです。

当時としては、かなりハイカラです。


周囲の家庭には、多分なかったと

思います。



posted by doragon at 14:01| Comment(0) | 蘆花公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月28日

小川はどこへ

201016image 051.jpg


これは、何か。

わかりにくいです。
ヒント。昔からありました。





小川です。


??????


地下にあるんです。暗渠(あんきょ)。
蘆花さんの時代は、田んぼに水を引くための

水路ですね。

今は、コンクリートに固められた遊歩道に
なっています。

水源からの水が流れているはずなんですが…。

明治、大正、昭和の時代、なんといっても
米作ですから、水=命です。


当時の千歳村粕谷地区にも、たくさんのこうした
水路(小川)がありました。

水を巡っての争いもあったでしょうね。


201016image 048.jpg




これは、遊歩道沿い(つまり水路沿い)に点々とある
大きな石です。平らなものが多い。


当時の水路で、村民の人たちが生活に使ったんでしょう。
この上に腰掛け、足を洗ったりとか。

遊歩道は、私鉄京王線の線路まで続いていますが
こうした「平らな生活用大石」が20個ほど


あります。

世田谷区の郷土史家が、何か当時の史料を残して

いるかもしれないんですが、遊歩道沿いには

教育委員会さんの説明立て札がありません。



ひょっとして、教育委員会の見落としか

あまり歴史的価値がないとか。



あるいは、以上の推測が全部外れとか(笑)。


まあ、大都市東京にも、こんな歴史を感じさせる

ものがたくさんあります。



たとえば、大田区には江戸時代の六郷用水の跡が

今は、住宅街の中の生活道路になっていたりします。


いろいろ細かくみていると、面白いですよ。






posted by doragon at 12:08| Comment(0) | 千歳烏山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月27日

武蔵野?

201016image 004.jpg


蘆花邸の母屋。

以前の写真とは、角度を変えています。


こうみると、屋敷林らしき木々に囲まれて

いるようですが、蘆花さん居住時は


もっと雑木林は少なかったようです。


以前、青山学院があった青山通りから

蘆花邸までの100〜150メートル幅で

田んぼと畑がほとんどだったようです。



蘆花さん所有の敷地は、蘆花さん死去後10年ほどして

愛子夫人の手で当時の東京市に寄付されました。


その敷地プラス周囲の土地を東京市が買い上げ、

現在の蘆花公園にしました。



立派な武蔵野の雑木林が残っていると

思っていたのですが

実は田んぼと畑だった(笑)。



よく考えれば、この平野部の土地を

雑木林のまま放置していたと考える方が

間違いですね(笑)。


明治末〜大正期、このあたりは20〜30戸の

小さな集落でしたが、「みみずのたわごと」を

読んでみますと、いろいろあったようです。


揉め事、チンピラ、不倫、働かない息子…。


ほとんど今と変わりません(笑)。

しかも世相が暗い。明治から大正期というのは

農村部ではやはり「灰色」だったというのが


素直な感想です。



posted by doragon at 13:23| Comment(0) | 蘆花公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月26日

秋水書院

201016image 001.jpg


これは、蘆花さん旧宅のうち「秋水書院」と

呼ばれる建物。


これも中古住宅を移設したもので、

建築は幕末。1858年頃のものです。


敷地には、母屋・梅花書院・秋水書院の

三つの建物があり、それぞれ屋根付きの渡り廊下で

繋がっています。



明治末期〜大正期の移設物ですが、当時は

中古物件の購入・移設が多かったのでしょうか。


建築的には、なかなか面白い感じですね。



ちなみに、この秋水書院が移設され

建て前(棟上)があった頃に


幸徳秋水の大逆事件があり

左翼勢力が処刑されました。


でっち上げという噂もあり

当時の桂首相(?)宛てに除名嘆願書を

送っています。



その後、蘆花さんは第一高等学校(現東大教養部)の

学生の講演依頼を受け、「謀反論」という


有名な講演を行っています。


蘆花さんは行動する作家・文化人として

活発な活動をしていたようです。





posted by doragon at 15:55| Comment(0) | 蘆花公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月23日

語りかける石臼

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201016image 016.jpg


原宿時代に、蘆花さんが愛用した机。

下は石臼。これでいろんな食材を

つぶしました。



石臼は、現代ではほとんど見ることが

できません。


今、食の安全とかいわれていますが

この当時は、食品加工も自前でした。


本来、食べ物を自分たちで生産するという

のは、強力なアドバンテージ

なんですが。


複雑な依存関係の中で暮らさざるをえない

われわれは、危ういバランスの上に

生きてるんですね。











posted by doragon at 16:07| Comment(0) | 蘆花公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月22日

文化なるもの

201016image 019.jpg


201016image 026.jpg


大正・昭和初期の電話機。下は、愛子夫人が

使っていたオルガン。



当時、この近辺では、珍しかった

「最新設備」です。


赤坂・原宿からこの世田谷に越してきて

「美的百姓」を目指したわりには

新らし物好きです。



便利さと自然。

効率と非効率。


相反する二面性は

昔も今も日本人の特徴ですね。

posted by doragon at 16:20| Comment(0) | 蘆花公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月21日

明治期までの商品・備品

201016image 014.jpg


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上は、囲炉裏のある部屋のタンスです。

使い込まれたものです。



下の写真は、火鉢です。

木製のもので、これも年季が
入っています。


蘆花邸の備品は、ほとんどの場合

使い込まれたものがほとんどです。



まあそれだけ、しっかり作り込んだ備品

ということなんですが。



それにしても、明治期までの商品や備品類は

数十年使うという隠れたコンセプトが



あるように思えるんですね。

本来、商品とは(これは欧米も共通)

使い込んでナンボのものかもしれません。



使いこなすには、時間がかかるという

ことだと思います。


ウーン、考え込みます(笑)。
posted by doragon at 11:11| Comment(0) | 蘆花公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月20日

蘆花邸と自然

201016image 033.jpg



蘆花邸母屋の土間の天井。

天井板を張らず、かまどの煙や熱が

麦わら屋根から外へ逃げる形です。


柱や梁は燻されて、かっちり締まるのかも

しれません。


昔の家は、「自然との距離」が近い感じです。




201016image 034.jpg



これは、入口奥の床が板張りになった部分の

天井です。

小竹を天井板に打ちつけて

止めていますね。


江戸末期・明治時代、このあたりは千歳村粕谷と

呼ばれていて、小竹も近辺に自生していた

ようです。
posted by doragon at 18:48| Comment(0) | 蘆花公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月17日

蘆花邸母屋内部

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上の写真は、母屋の入り口奥にある小上がり。

約40pほどの高さで、板張りになっている。
客も家人も、ちょっと腰掛けられる。


下は、母屋に入ってすぐ右にある
かまどです。

藁を練りこんだ土で
できています。


炊事場は特にないわけで、本当に
土間にかまど1基あるだけです。

食器や食材などは、奥の井戸端で洗い
下ごしらえもそこでほとんど済ませ


かまどで炊いたり煮たりしたのだと思います。
昔の主婦は、大変だったんですね。



posted by doragon at 08:55| Comment(0) | 蘆花公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月16日

蘆花邸内外

201016image 005.jpg



蘆花邸母屋(おもや)の入り口付近。

明治40年頃、中古住宅として手に入れた。
安普請の元妾宅で、すきま風が

どどっとばかり入ってきたそうです。
当時は、今ほど屋敷のまわりに

木立がなく、引っ越した2月は
武蔵野の寒風が田畑を横切り


押し寄せたということです。
蘆花さんは、その著書「みみずのたわごと」で

「春寒」と表現しています。


暖房も、火鉢と囲炉裏くらいでしょうから
さぞやと思います。



201016image 011.jpg



これが、その囲炉裏です。

玄関入って、すぐ左の部屋
(母屋の中の位置としては中央)。



現代人が見ると、強力な暖房とは

とうてい思えませんが



なんか「あたたかい」、ほんわかとした風情が

あります。


posted by doragon at 16:36| Comment(0) | 蘆花公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

花の丘

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花の丘の花々。

四季ごとに手入れをして

きれいに整備されています。





posted by doragon at 09:45| Comment(0) | 蘆花公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

徳富蘆花さんについて

201015image 015.jpg



蘆花邸近くにある八幡宮(粕谷八幡?)入口
にある杉の切り株。

戦後、枯れたため1メートルほど残し
切ったそうです。


蘆花さん生存の頃は、「別れの一本杉」と蘆花さん
ご本人が命名していた杉の木です。


私鉄京王線も開通していない頃ですから、
当時の東京市内からであれ、地方からであれ


面会者は徒歩で、訪問します。
ですので、生別であれ死別であれ

一度会って、もう二度と会えない
ことが度々だったそうです。


蘆花さんは自宅から50メートルほど西の
八幡宮入口の杉の木まで見送る

というのが、習慣だったようです。



田んぼのあぜ道を伝って消えゆく人影を追って
名残り惜しいように、いつまでも立ち尽くす。


この杉の切り株を見ていると
そんな蘆花さんの姿が


浮かんできます。


「いいひとだな〜」(笑)


というか、そういう時代なんですね。
今、切り株近くの細道は、環8に抜ける道路に


なり、けっこう車も通ります。

ついでに言いますと
杉の木は枯れましたが


二代目の杉の木がすくすくと
育っています。






posted by doragon at 04:10| Comment(0) | 蘆花公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月15日

蘆花公園 花の丘

201015image 009.jpg



蘆花公園の南部分にある花の丘。四季折々の花々が

楽しめます。



下の写真は、花の丘のテーブルと椅子。

3セットあります。


読書もできますよ。




201015image 010.jpg







posted by doragon at 15:42| Comment(0) | 蘆花公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今朝の蘆花公園

201015image 001.jpg



蘆花邸の裏側。

少し出っ張った浴室と井戸。


明治末期・大正・昭和初期と

この浴室と井戸で、徳富蘆花夫妻が

生活していました。


壁も木の板壁で

懐かしい感じがします。





posted by doragon at 08:33| Comment(0) | 蘆花公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

蘆花公園と環8

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蘆花公園のすぐ脇には、環状8号線(環8)が

通っています。



蘆花公園の静かさとは対照的です。
posted by doragon at 03:52| Comment(0) | 蘆花公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月10日

蘆花さん旧宅の石碑

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徳富蘆花旧宅近くの石碑。

蘆花死後、妻の愛子さんが建てた

ものです。


たしか「民は天地の領民」という蘆花さんの

主張が彫り込まれていたと思います。



愛子夫人の蘆花さんへの「愛」が

感じられる石碑です。
posted by doragon at 18:32| Comment(0) | 蘆花公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

蘆花公園の雑木林

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蘆花公園内の雑木林。

木漏れ日がきれいです。
posted by doragon at 10:35| Comment(0) | 蘆花公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

蘆花公園

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posted by doragon at 08:54| Comment(0) | 蘆花公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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