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成功マインドノート
   
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レポート「成功マインド〜その整理整頓」

2008年10月31日

庚申塔

201016image 041.jpg



これは、蘆花公園近くの庚申塔。

新築住宅の敷地角にあります。


世田谷区教育委員会の立て札によりますと

江戸時代の文化9年(1810年代)に


道標として作られたもの。

日常の生活もそうですが、伊勢神宮への

参詣旅行に行く時の道標にも

なったそうです。


塔の下部には、三猿像(見猿・聞か猿・言わ猿)が

彫りこまれています。



当時のお伊勢さん詣では、庶民には一生に一度

出かける一大イベントだったようです。


お金もかかるし、病気やリスクも多い。

命がけの旅行でした。

ご近所さんや友人は、お金を渡すことも

多かった。


自分の身代わりの参詣という意味と

資金援助、お土産目当てらしいです。


「旅行」の意味合いが、現代とは大違いですね。


基本的に、移住とか大旅行が規制されていて

お伊勢参りは許可が下りやすい事情も

あったようです。





posted by doragon at 13:38| Comment(0) | 千歳烏山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月28日

小川はどこへ

201016image 051.jpg


これは、何か。

わかりにくいです。
ヒント。昔からありました。





小川です。


??????


地下にあるんです。暗渠(あんきょ)。
蘆花さんの時代は、田んぼに水を引くための

水路ですね。

今は、コンクリートに固められた遊歩道に
なっています。

水源からの水が流れているはずなんですが…。

明治、大正、昭和の時代、なんといっても
米作ですから、水=命です。


当時の千歳村粕谷地区にも、たくさんのこうした
水路(小川)がありました。

水を巡っての争いもあったでしょうね。


201016image 048.jpg




これは、遊歩道沿い(つまり水路沿い)に点々とある
大きな石です。平らなものが多い。


当時の水路で、村民の人たちが生活に使ったんでしょう。
この上に腰掛け、足を洗ったりとか。

遊歩道は、私鉄京王線の線路まで続いていますが
こうした「平らな生活用大石」が20個ほど


あります。

世田谷区の郷土史家が、何か当時の史料を残して

いるかもしれないんですが、遊歩道沿いには

教育委員会さんの説明立て札がありません。



ひょっとして、教育委員会の見落としか

あまり歴史的価値がないとか。



あるいは、以上の推測が全部外れとか(笑)。


まあ、大都市東京にも、こんな歴史を感じさせる

ものがたくさんあります。



たとえば、大田区には江戸時代の六郷用水の跡が

今は、住宅街の中の生活道路になっていたりします。


いろいろ細かくみていると、面白いですよ。






posted by doragon at 12:08| Comment(0) | 千歳烏山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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