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成功マインドノート
   
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レポート「成功マインド〜その整理整頓」

2008年11月16日

蘆花公園の広場

201015image 013.jpg


200212 サイト用 062.jpg



蘆花公園の南部分は、広場風に

整えられています。


部分的に、雑木林があるという感じ。



広場では、ジョギングやストレッチを

する人もいます。


近隣の人々の憩いの場。

ですか。



posted by doragon at 16:09| Comment(0) | 蘆花公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月03日

蘆花邸の内外

201016image 037.jpg



母屋側面の板壁。

これで風雨を防いできたんですね。



つくづく家の基本的条件は

「風雨から人を守る」ことだと

わかります。



201016image 036.jpg




これは、母屋入り口すぐにある

座敷への上がり口。



年季が入っています。





posted by doragon at 18:54| Comment(0) | 蘆花公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月02日

井戸・縁側

201016image 038.jpg



以前出てきた蘆花邸裏の井戸。

アップです。


コンクリートで石を固めています。

居住期間としては後期である

昭和初期に作った可能性があります。



201016image 039.jpg




母屋の奥にある縁側です。

一間半間口くらいの小さなものですが



ひっそりと庭を見つめる蘆花さんの

在りし日の姿を彷彿とさせます。




posted by doragon at 00:57| Comment(0) | 蘆花公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月31日

庚申塔

201016image 041.jpg



これは、蘆花公園近くの庚申塔。

新築住宅の敷地角にあります。


世田谷区教育委員会の立て札によりますと

江戸時代の文化9年(1810年代)に


道標として作られたもの。

日常の生活もそうですが、伊勢神宮への

参詣旅行に行く時の道標にも

なったそうです。


塔の下部には、三猿像(見猿・聞か猿・言わ猿)が

彫りこまれています。



当時のお伊勢さん詣では、庶民には一生に一度

出かける一大イベントだったようです。


お金もかかるし、病気やリスクも多い。

命がけの旅行でした。

ご近所さんや友人は、お金を渡すことも

多かった。


自分の身代わりの参詣という意味と

資金援助、お土産目当てらしいです。


「旅行」の意味合いが、現代とは大違いですね。


基本的に、移住とか大旅行が規制されていて

お伊勢参りは許可が下りやすい事情も

あったようです。





posted by doragon at 13:38| Comment(0) | 千歳烏山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月29日

当時のインテリア

201016image 024.jpg



「梅花書屋」と書いていた

かと思います。


当時の鹿児島か熊本の書家が

書いたもの。


梅花書院に掲げています。


こういう書は、やはり和室に合います。



インテリア(?)というか、和室の

雰囲気をピシッとしたものに

していますね。



201016image 027.jpg



廊下に置いている小物ラック。

これは、現代の家具と意匠はほとんど

かわりません。



ただ、当時の千歳村で普及していたか

というと、疑問です。


蘆花さんご夫婦は、中国・台湾・朝鮮半島

ばかりか、あのトルストイ(ロシアの作家)を

訪問するために、ヨーロッパ方面まで



旅行しているからです。

当時としては、かなりハイカラです。


周囲の家庭には、多分なかったと

思います。



posted by doragon at 14:01| Comment(0) | 蘆花公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月28日

小川はどこへ

201016image 051.jpg


これは、何か。

わかりにくいです。
ヒント。昔からありました。





小川です。


??????


地下にあるんです。暗渠(あんきょ)。
蘆花さんの時代は、田んぼに水を引くための

水路ですね。

今は、コンクリートに固められた遊歩道に
なっています。

水源からの水が流れているはずなんですが…。

明治、大正、昭和の時代、なんといっても
米作ですから、水=命です。


当時の千歳村粕谷地区にも、たくさんのこうした
水路(小川)がありました。

水を巡っての争いもあったでしょうね。


201016image 048.jpg




これは、遊歩道沿い(つまり水路沿い)に点々とある
大きな石です。平らなものが多い。


当時の水路で、村民の人たちが生活に使ったんでしょう。
この上に腰掛け、足を洗ったりとか。

遊歩道は、私鉄京王線の線路まで続いていますが
こうした「平らな生活用大石」が20個ほど


あります。

世田谷区の郷土史家が、何か当時の史料を残して

いるかもしれないんですが、遊歩道沿いには

教育委員会さんの説明立て札がありません。



ひょっとして、教育委員会の見落としか

あまり歴史的価値がないとか。



あるいは、以上の推測が全部外れとか(笑)。


まあ、大都市東京にも、こんな歴史を感じさせる

ものがたくさんあります。



たとえば、大田区には江戸時代の六郷用水の跡が

今は、住宅街の中の生活道路になっていたりします。


いろいろ細かくみていると、面白いですよ。






posted by doragon at 12:08| Comment(0) | 千歳烏山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月27日

武蔵野?

201016image 004.jpg


蘆花邸の母屋。

以前の写真とは、角度を変えています。


こうみると、屋敷林らしき木々に囲まれて

いるようですが、蘆花さん居住時は


もっと雑木林は少なかったようです。


以前、青山学院があった青山通りから

蘆花邸までの100〜150メートル幅で

田んぼと畑がほとんどだったようです。



蘆花さん所有の敷地は、蘆花さん死去後10年ほどして

愛子夫人の手で当時の東京市に寄付されました。


その敷地プラス周囲の土地を東京市が買い上げ、

現在の蘆花公園にしました。



立派な武蔵野の雑木林が残っていると

思っていたのですが

実は田んぼと畑だった(笑)。



よく考えれば、この平野部の土地を

雑木林のまま放置していたと考える方が

間違いですね(笑)。


明治末〜大正期、このあたりは20〜30戸の

小さな集落でしたが、「みみずのたわごと」を

読んでみますと、いろいろあったようです。


揉め事、チンピラ、不倫、働かない息子…。


ほとんど今と変わりません(笑)。

しかも世相が暗い。明治から大正期というのは

農村部ではやはり「灰色」だったというのが


素直な感想です。



posted by doragon at 13:23| Comment(0) | 蘆花公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月26日

秋水書院

201016image 001.jpg


これは、蘆花さん旧宅のうち「秋水書院」と

呼ばれる建物。


これも中古住宅を移設したもので、

建築は幕末。1858年頃のものです。


敷地には、母屋・梅花書院・秋水書院の

三つの建物があり、それぞれ屋根付きの渡り廊下で

繋がっています。



明治末期〜大正期の移設物ですが、当時は

中古物件の購入・移設が多かったのでしょうか。


建築的には、なかなか面白い感じですね。



ちなみに、この秋水書院が移設され

建て前(棟上)があった頃に


幸徳秋水の大逆事件があり

左翼勢力が処刑されました。


でっち上げという噂もあり

当時の桂首相(?)宛てに除名嘆願書を

送っています。



その後、蘆花さんは第一高等学校(現東大教養部)の

学生の講演依頼を受け、「謀反論」という


有名な講演を行っています。


蘆花さんは行動する作家・文化人として

活発な活動をしていたようです。





posted by doragon at 15:55| Comment(0) | 蘆花公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月23日

語りかける石臼

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原宿時代に、蘆花さんが愛用した机。

下は石臼。これでいろんな食材を

つぶしました。



石臼は、現代ではほとんど見ることが

できません。


今、食の安全とかいわれていますが

この当時は、食品加工も自前でした。


本来、食べ物を自分たちで生産するという

のは、強力なアドバンテージ

なんですが。


複雑な依存関係の中で暮らさざるをえない

われわれは、危ういバランスの上に

生きてるんですね。











posted by doragon at 16:07| Comment(0) | 蘆花公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月22日

文化なるもの

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大正・昭和初期の電話機。下は、愛子夫人が

使っていたオルガン。



当時、この近辺では、珍しかった

「最新設備」です。


赤坂・原宿からこの世田谷に越してきて

「美的百姓」を目指したわりには

新らし物好きです。



便利さと自然。

効率と非効率。


相反する二面性は

昔も今も日本人の特徴ですね。

posted by doragon at 16:20| Comment(0) | 蘆花公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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