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成功マインドノート
   
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レポート「成功マインド〜その整理整頓」

2008年10月21日

明治期までの商品・備品

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201016image 018.jpg


上は、囲炉裏のある部屋のタンスです。

使い込まれたものです。



下の写真は、火鉢です。

木製のもので、これも年季が
入っています。


蘆花邸の備品は、ほとんどの場合

使い込まれたものがほとんどです。



まあそれだけ、しっかり作り込んだ備品

ということなんですが。



それにしても、明治期までの商品や備品類は

数十年使うという隠れたコンセプトが



あるように思えるんですね。

本来、商品とは(これは欧米も共通)

使い込んでナンボのものかもしれません。



使いこなすには、時間がかかるという

ことだと思います。


ウーン、考え込みます(笑)。
posted by doragon at 11:11| Comment(0) | 蘆花公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月20日

蘆花邸と自然

201016image 033.jpg



蘆花邸母屋の土間の天井。

天井板を張らず、かまどの煙や熱が

麦わら屋根から外へ逃げる形です。


柱や梁は燻されて、かっちり締まるのかも

しれません。


昔の家は、「自然との距離」が近い感じです。




201016image 034.jpg



これは、入口奥の床が板張りになった部分の

天井です。

小竹を天井板に打ちつけて

止めていますね。


江戸末期・明治時代、このあたりは千歳村粕谷と

呼ばれていて、小竹も近辺に自生していた

ようです。
posted by doragon at 18:48| Comment(0) | 蘆花公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月17日

蘆花邸母屋内部

201016image 040.jpg



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上の写真は、母屋の入り口奥にある小上がり。

約40pほどの高さで、板張りになっている。
客も家人も、ちょっと腰掛けられる。


下は、母屋に入ってすぐ右にある
かまどです。

藁を練りこんだ土で
できています。


炊事場は特にないわけで、本当に
土間にかまど1基あるだけです。

食器や食材などは、奥の井戸端で洗い
下ごしらえもそこでほとんど済ませ


かまどで炊いたり煮たりしたのだと思います。
昔の主婦は、大変だったんですね。



posted by doragon at 08:55| Comment(0) | 蘆花公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月16日

蘆花邸内外

201016image 005.jpg



蘆花邸母屋(おもや)の入り口付近。

明治40年頃、中古住宅として手に入れた。
安普請の元妾宅で、すきま風が

どどっとばかり入ってきたそうです。
当時は、今ほど屋敷のまわりに

木立がなく、引っ越した2月は
武蔵野の寒風が田畑を横切り


押し寄せたということです。
蘆花さんは、その著書「みみずのたわごと」で

「春寒」と表現しています。


暖房も、火鉢と囲炉裏くらいでしょうから
さぞやと思います。



201016image 011.jpg



これが、その囲炉裏です。

玄関入って、すぐ左の部屋
(母屋の中の位置としては中央)。



現代人が見ると、強力な暖房とは

とうてい思えませんが



なんか「あたたかい」、ほんわかとした風情が

あります。


posted by doragon at 16:36| Comment(0) | 蘆花公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

花の丘

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花の丘の花々。

四季ごとに手入れをして

きれいに整備されています。





posted by doragon at 09:45| Comment(0) | 蘆花公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

徳富蘆花さんについて

201015image 015.jpg



蘆花邸近くにある八幡宮(粕谷八幡?)入口
にある杉の切り株。

戦後、枯れたため1メートルほど残し
切ったそうです。


蘆花さん生存の頃は、「別れの一本杉」と蘆花さん
ご本人が命名していた杉の木です。


私鉄京王線も開通していない頃ですから、
当時の東京市内からであれ、地方からであれ


面会者は徒歩で、訪問します。
ですので、生別であれ死別であれ

一度会って、もう二度と会えない
ことが度々だったそうです。


蘆花さんは自宅から50メートルほど西の
八幡宮入口の杉の木まで見送る

というのが、習慣だったようです。



田んぼのあぜ道を伝って消えゆく人影を追って
名残り惜しいように、いつまでも立ち尽くす。


この杉の切り株を見ていると
そんな蘆花さんの姿が


浮かんできます。


「いいひとだな〜」(笑)


というか、そういう時代なんですね。
今、切り株近くの細道は、環8に抜ける道路に


なり、けっこう車も通ります。

ついでに言いますと
杉の木は枯れましたが


二代目の杉の木がすくすくと
育っています。






posted by doragon at 04:10| Comment(0) | 蘆花公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月15日

蘆花公園 花の丘

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蘆花公園の南部分にある花の丘。四季折々の花々が

楽しめます。



下の写真は、花の丘のテーブルと椅子。

3セットあります。


読書もできますよ。




201015image 010.jpg







posted by doragon at 15:42| Comment(0) | 蘆花公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今朝の蘆花公園

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蘆花邸の裏側。

少し出っ張った浴室と井戸。


明治末期・大正・昭和初期と

この浴室と井戸で、徳富蘆花夫妻が

生活していました。


壁も木の板壁で

懐かしい感じがします。





posted by doragon at 08:33| Comment(0) | 蘆花公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

蘆花公園と環8

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蘆花公園のすぐ脇には、環状8号線(環8)が

通っています。



蘆花公園の静かさとは対照的です。
posted by doragon at 03:52| Comment(0) | 蘆花公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月10日

蘆花さん旧宅の石碑

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徳富蘆花旧宅近くの石碑。

蘆花死後、妻の愛子さんが建てた

ものです。


たしか「民は天地の領民」という蘆花さんの

主張が彫り込まれていたと思います。



愛子夫人の蘆花さんへの「愛」が

感じられる石碑です。
posted by doragon at 18:32| Comment(0) | 蘆花公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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